菅一乗のブログ『往生極楽のみち』

人生を丁寧に、そして一生懸命に生きていく

Category: Buddhism  

生きるということ

人を亡くすことの悲しさ、特に身近な方ならば、なおさら亡くした人でないとわからないと思います。
人の死は、頭の中でわかっていても納得できませんし、親族の方にとってはなかなか受け入れられないものです。皆様かならずと言っていいほど、大事な人を亡くして、初めてその人の大切さに気づくと仰います。



私は職業柄、いままで数多くの葬儀に携わってきました。
最近感じるのは大切な方が亡くなられて親族や友人がどんなに集まって嘆き悲しんでも、どうしようもく、そして、はかない人の人生は高齢の方が先とか、若い方が後で亡くなるとか決まっていません。



老いと病、そして死は誰にでも起こりうることです。
だからこそいま生きてる(生かされている)私達は自身に訪れる“死”と向き合い、今を、この瞬間を精一杯、力強く丁寧に生きていかなければならないのだと感じます。



一昨日に携わった葬儀、細かい内容は書きませんが、若い父と母が流した涙。その涙で濡れた斎場の床。営業時間最後に斎場を予約した理由。私は一生忘れることがないでしょう。
ただただいま言えるのは「南無阿弥陀仏」の六つの字です。


改めまして心からお悔やみ申し上げます。


尽きせぬ命の仏に帰命し、果てなき光の仏に帰命す

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